【研究レポート】ジャスミン茶の香りにリラックス効果

~ 副交感神経活動を高めて、鎮静作用に寄与 ~

ジャスミン茶は、緑茶にジャスミンの花の香りを付けた花茶の一種で、花茶の全生産量の80%を占めています。ジャスミン茶発祥の地である中国では、日常的に飲用されていますが、日本でも最近、ティーバッグやペットボトル飲料の普及と相まって、ジャスミン茶市場は大きく伸長しています。
ジャスミン茶に使用されるジャスミン(Jasminum sambac)は別名、茉莉花(マツリカ)と呼ばれており、中薬大辞典には、茉莉花は“気を理え(おさえ)、鬱を開く効能がある”と記載されています1)。しかし、そのようなジャスン茶の効果については、ほとんど研究の報告がありませんでした。

伊藤園は、ジャスミン茶の香りがもたらす効果に注目し、その生理学的および心理学的効果について、伏木 亨教授(当時:京都大学大学院農学研究科、現:龍谷大学農学部食品栄養学科)と 共同研究を行いました。その結果、ジャスミン茶の香りは自律神経に作用し、鎮静効果があることを確認しました。

  1. 自律神経とは
  2. ジャスミン茶の香りの鎮静効果
  3. ジャスミン茶の香り成分の解析

 

1.自律神経とは

自律神経は、身体にある内臓や血管、ホルモンを分泌する内分泌線を調節する生命維持に欠かせない神経で、交感神経系と副交感神経系から成ります。 この2つは互いに逆の働きをしており、交感神経系は、心拍数を上げエネルギーを消費し、運動や仕事がしやすいように働きます。 一方、副交感神経系は心拍数を下げエネルギーを蓄えて疲労が回復するように働きます。

 

2.ジャスミンの香りの鎮静効果

当社と伏木 亨教授との共同研究では、ジャスミン茶の香りが人の生理的、心理的状態に及ぼす効果を評価するため、 香りを嗅いだときの自律神経活動の変化と心理変化を検討しました。
試験は、健康な21~36歳の男女10名を対象に、ジャスミン茶25gを1Lの沸騰水で1分間抽出し、常温まで冷却したもの(通常の飲用濃度に相当)、 それを20倍に希釈したもの、およびジャスミン茶を含まない水で実施しました。 それら試験溶液を密閉容器に入れ、エアーポンプで香りを被験者の鼻先に誘導しました。 さらにジャスミン茶の香りを呈示した後に、香りの好き嫌いを調査し、ジャスミン茶の香りを好む群と好まない群に分けて解析しました。

≪評価方法≫
自律神経活動の変化は、心拍数を測定し、その間隔を解析することにより評価しました。心理的状態は、気分状態尺度(Profile of Mood Scale=POMS※)を用いて評価しました。
※ 緊張、抑うつ、怒り、活力、疲労、混乱に関する65項目の質問について、あてはまるか否かを0~4点で回答させ、それぞれの気分・感情の強さを測定する方法。

≪研究結果≫
図1.標準濃度(左)および20倍希釈(右)のジャスミン茶を呈示した時の心拍数の変化

図2.通常濃度のジャスミン茶の香りを呈示した時の心拍変動の高周波成分(左)および低周波成分(右)の変化

図3.20倍希釈したジャスミン茶の香りを呈示した時の心拍変動の高周波成分(左)および低周波成分(右)の変化

図4.20倍希釈したジャスミン茶の香りを呈示する前と呈示後の気分状態尺度(POMS)のスコア変化

試験結果より、ジャスミン茶の香りによる鎮静作用を確認することが出来ました。

ジャスミン茶の香りを好む群では、ジャスミン茶の香りが副交感神経系の活動を総じて高める傾向がありました。 ジャスミン茶の香りを好まない群では、香りの強さによっては交感神経系の活動を高めましたが、20倍希釈の低濃度では、 ジャスミンの香りの生理効果として、嗜好性に関係なく副交感神経活動を亢進させ、心拍数を減少させる傾向が確認できました。 さらに、20倍希釈したジャスミン茶の香りを呈示する前と後の気分状態尺度は、ジャスミン茶の香りを好む群、好まない群共に、 緊張感、抑うつ感、怒り、疲労感のスコアが低下する傾向が見られました。

 

3.ジャスミン茶の香り成分の解析

ジャスミン茶の香り成分については、久保田紀久枝教授(当時:お茶の水女子大学生活科学部、現:名誉教授)に、香気成分の同定を行なっていただきました。 中国福建省産のジャスミン茶を熱湯で抽出した香気成分の濃縮物を用いて分析したところ、66種の香気成分が確認されました。 この中で、リナロール(花の芳香;ピークNo.22)とアントラニル酸メチル(柑橘系、果実系;ピークNo.59)がジャスミン茶の香りに寄与していることが解明されました。 その他、フラネオール(甘い香り;ピークNo.54)、4-ヘキサノリド(緑、甘い香り;ピークNo.30)、ヘキサン酸(E)-2-ヘキセニル(緑、甘い香り;ピークNo.31)、 4-ノナノライド(甘い香り;ピークNo.53)が、寄与度の高い成分として確認されました。
ジャスミン茶の主要な香気成分であるリナロールには、2つの鏡像異性体(S体とR体)が存在し、 それぞれで香りが異なることが報告されています。ジャスミンの花に含まれるリナロールは100%がR体でしたが、 ジャスミン茶ではS体が少量(約9%)含まれており、このバランスがジャスミン茶の香りを作り出していると考えられます。
そこで、R体のリナロールが、自律神経系に対してジャスミン茶と同様な効果があるかを試験したところ、 心拍数の低下、心拍変動の高周波成分の増加(副交感神経の亢進)が観察され、ジャスミン茶の香りの効果には、 R体リナロールが大きく関与していることが示されました7)。

図5.リナロール鏡像異性体(左がS体、右がR体)

図6.ジャスミン茶の香気成分のFDファクター(文献6)のデータを基に作図

伊藤園は、長期ビジョンとして世界中のお客様に「お茶」の伝統から最先端の技術に至るまでの価値をお届けして生活提案を行う 「世界のティーカンパニー」を目指しています。今後も、長年培ってきた技術力を活かしつつ、新たな研究分野へもチャレンジを続け、持続可能な成長を追求してまいります。

共同研究者より

伊藤園さんから共同研究の話をいただいた頃は、食品の機能を探るというのは割りと盛んになっていました。 機能といっても血糖を下げるとか血圧を下げるといった保健的な機能が注目されることが多く、こういう「気分」というのはあまりありませんでしたから面白いと思いましたね。 当時は香りに鎮静作用があると言われていたので、これを科学的に明らかにできたらいいなと思っていました。 当初からジャスミン茶の香りで効果がでるとは思っていましたが、実験をしてみると思った以上でした。 こんなにきれいに効果が出るのかという感じでした。香りによる自律神経の調節という研究分野は、まだまだこれからの領域ですが、実生活に役立つ領域であると考えています。

龍谷大学農学部食品栄養学科
伏木 亨教授

< 関連文献 >

論文

1)中薬大辞典、第4巻、p2450、上海科学技術出版社(小学館編)1990
2)井上尚彦ら、日本味と匂学会誌 8(3), 347-350, 2001
3) 杉本明夫、Food Style 21, 6(3), 55-58, 2002
4) Norihiko Inoue, et al. Biosci. Biotechnol. Biochem. 67(6), 1206-1214, 2003
5) 早野順一郎、心臓 29(4) p342, 1997
6) Yoriko Ito, et al. Agric. Food Chem. 50, 4878-4884, 2002
7) Kuroda K., et al. Eur J. Appl. Physiol. 95(2-3) 107-114, 2005

ニュースリリース

・ジャスミン茶特有の香り成分の特定とその特性を検証(2001年9月14日)
・ジャスミン茶の香りに鎮静作用があることを確認(2001年10月18日)

注)組織名、役職等は掲載当時のものです(2019年9月)