人生100年時代を迎え、健康寿命の延伸が注目される中、認知症への関心はますます高まっています。 厚生労働省の発表によると、2025年には65歳以上の認知症高齢者の数が約700万人(国民の5人に1人)に増加すると予測されており、 「認知症予防」が社会的課題となっております。
伊藤園は、“お茶で人生100年時代を豊かに生きる知恵~お茶と茶カテキンの力~”と題し、 2019年11月28日(木)に渋谷ヒカリエ ホールAにて、第2回「伊藤園健康フォーラム」(主催:伊藤園中央研究所)を開催しました。 当フォーラムでは、緑茶と認知症の関係について基調講演にて取り上げました。
一方の研究では、当社は片岡洋祐博士(※1)、医療法人順風会の宇都宮一泰理事長(当時)、介護老人保健施設れんげ荘の片岡喜由施設長(当時)と共同で、 選抜した認知症に至っていない高齢者に対して、緑茶の成分である「テアニン」を豊富に含む緑茶抹の摂取が認知機能に及ぼす影響を検証しております。
(※1)当時:大阪市立大学大学院医学研究科講師、現:国立研究開発法人理化学研究所 生命機能科学研究センター 細胞機能評価研究チーム・チームリーダー
- 認知症とは
- これまでの緑茶と認知症の研究
- 緑抹茶による認知症予防効果
1.認知症とは
認知症は、脳の働きの低下によって認知機能に障害が起き、日常生活・社会生活が困難になる状態の総称です。 その症状は記憶の消失だけでなく、理解力や判断力にも大きく影響します。 年をとるほど認知症になりやすくなり、65歳以上70歳未満の有病率は1.5%、85歳以上では27%に達するといわれます 1)。 認知症の中で一番多いのは、アルツハイマー型認知症で、脳神経細胞が変性して脳が萎縮することで発症します。 次に多いのが血管性認知症で、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害により発症します。最近注目されているのが軽度認知障害(MCI)です。 認知症のような記憶力などの能力の低下がみられますが、症状はまだ軽い状態で、認知症の前段階と考えられます。 この段階で何らかの適切な処置を行うことにより、認知症の発症が抑制されると期待されています。
2.これまでの緑茶と認知症の研究
これまでに、緑茶をよく飲む人ほど、認知症発症のリスクが低いことが、金沢大学2)および東北大学3)の研究グループにより明らかにされています。 緑茶の主要成分である「カテキン」については、アルツハイマー型認知症に関係する成分“βアミロイド”が脳内へ凝集することを抑制し、 モデル動物の認知機能を改善することが報告されています 4)。 また、緑茶特有のアミノ酸である「テアニン」は、グルタミン酸による過剰な脳神経細胞死を抑制するとともに、一過性の脳虚血(脳梗塞)による 神経細胞死を抑えることが動物実験で確認されています 5,6)。
3.緑抹茶による認知症予防効果 6)
このように、緑茶および緑茶成分は認知症の発症を抑制することが期待されています。 当社は、特に神経細胞保護作用のある「テアニン」に注目し、テアニン含有量の多い緑茶抹を用いて、高齢者(認知症患者を除く)を対象に、 その有用性を確認する試験を実施しました 7)。 その結果、現代の高齢社会で問題となっている認知症について、「テアニン」の継続的な摂取による予防効果が示唆されました。 今回の研究で摂取されたテアニン量は、1日あたり約47.5 mgで、これは上級抹茶(お点前用抹茶)約2g分に相当します 8)。 お抹茶(薄茶)を2杯飲めば、本研究で効果を示した緑茶抹に相当するテアニンやカテキンが十分摂取できます。
≪ 試験方法 ≫
本人または家族から同意を得られた方で、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(※2)の得点が認知症診断のカットオフ値である20点を超える点数(21点以上) であったボランティア(平均年齢82歳)29名を被験者として選抜し、テアニン含有量の高い緑茶を粉砕し充填したカプセル摂取群、コーンスターチを基本素材としたプラセボカプセル摂取群、 非摂取群の3群に分け、摂取群では1日12カプセルを摂取していただきました。 テアニン高含有緑茶抹カプセル群の1日摂取量は緑茶抹約2gに相当し、1日当たりテアニン約47.5mg、カテキン約162mg摂取することに相当します。 カプセルは1年間継続して摂取していただき、改訂長谷川式簡易知能評価スケールを毎月測定して認知機能の変化を調べました。
(※2)改訂長谷川式簡易知能評価スケール:簡単な質問に答えてもらい、その正解数で認知症の人をスクリーニングする方法。 30点を満点とし、20点以下であれば認知症の疑いがあるとされています。
≪ 結果 ≫
12ヵ月の摂取期間を経て、最終的に5名の試験脱落者を除く24名のデータを解析しました。 非摂取群およびプラセボカプセルを摂取した群ではそれぞれの得点分布の回帰直線の傾きは負の値を示し、得点は徐々に低下していきました。 一方、緑茶抹カプセルを摂取した群では傾きが正の値を示し、得点が改善していきました。またプラセボ群と緑茶抹群で、 7ヵ月後より知能スケール得点の平均値で有意な差が認められました。
図 改訂長谷川式簡易知能評価スケールの得点の各群平均値の経時変化 *)
*:文献7)のデータを元に作図
以上の結果より、テアニン高含有の緑茶抹が加齢によって低下していく認知機能を維持する可能性を示しました。さらなる多施設での検証が必要ですが、現代の高齢社会で問題となっている認知症を予防するために、「テアニン」の継続的な摂取が役に立つことが期待できます。
さらなる認知機能改善効果の研究については、現在、当社と国立研究開発法人理化学研究所 生命機能科学研究センター 健康・病態科学研究チーム (チームリーダー:渡辺恭良氏、所在地:兵庫県神戸市)との共同で、抹茶摂取による脳認知機能改善の脳内メカニズムの検証を目指した研究を進めております。
当社は、長期ビジョンとして世界中のお客様に「お茶」の伝統から最先端の技術に至るまでの価値をお届けして、生活提案を行う「世界のティーカンパニー」を目指しています。 今後も、長年培ってきた技術力を活かしつつ、新たな研究分野へもチャレンジを続け、持続可能な成長を追求してまいります。
共同研究者より
日本人の平均寿命と健康寿命の間には男女とも10年程度の乖離が見られます。その原因の一つとして、 加齢とともに心身の活力が低下する「フレイル」とよばれる状態があります。 フレイルのリスクとして、運動不足や栄養摂取不足に加え、コミュニケーション不足も挙げられています。
生活に「お茶の文化」をうまく取り入れることが、脳機能を保ち、豊かなコミュニケーションを作り出す一助となるものと期待されます。
国立研究開発法人理化学研究所 生命機能科学研究センター
細胞機能評価研究チーム・チームリーダー
片岡洋祐博士
< 関連文献 >
論文
1)みんなのメンタルヘルス-認知症(厚生労働省)
2)PLOS ONE 2014 9(5) e96013
3) Am J Geriatr Psychiatry. 2016 24(10) 881-9
4) Molecules. 2018 23(6) 1297
5) Neurosci Lett. 2000 289(3) 189-92
6) Biol. Pharm. Bull. 25(12)1513-1518(2002)
7) 日本未病システム学会雑誌 2009 15(1) 17-23
8)茶研報 1994 80 p23-28ニュースリリース
・緑茶に含まれる旨味成分・テアニンに脳神経細胞の保護作用があることを動物実験で解明(2000年9月8日)
・緑茶中の成分「テアニン」を多く含んだ緑茶抹の継続的な摂取が高齢者の認知症を予防する可能性を確認(2009年5月20日)
・抹茶による認知機能改善の脳内メカニズム検証研究の開始について(2019年8月30日)注)組織名、役職等は掲載当時のものです(2019年12月)